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『 ぼくはくま 』

それは、彼が子供を家に迎えて、初めての年が終わる頃のこと。

王都コーネリアでは、一年で最も華やかな季節を迎えていた。
街の広場には、小さな家のような形の屋台が立ち並び市を成して。
建物は勿論、街路樹や噴水、花壇に至るまでリースやきらきらと光る硝子の球が飾られ。
王宮魔術師たちが何か簡単な魔法をかけているのだろう、色とりどりの明かりが瞬いていた。

——聖コーネリウスの降誕祭…と呼ばれるその祭は、この地に聖人が誕生したことに由来する。
起源を辿ればコーネリアの最も古い歴史にまで遡る祝祭であった。
今は彼の誕生を祝う、という本来の意味が薄れつつあっても、祭そのものはますます華やかになり…一年最後の月ともなれば大人も子どももどこかそわそわと浮き立つ。
菓子を焼き、ご馳走の支度をし、家の中も飾り付けて——祭の当日のため、人々は互いに一年の労をねぎらい、感謝の意を篭めて、親子や夫婦、恋人や友達への贈り物を用意した。

独り者で、長くこの祝祭とは無縁であった彼も、子供のために柊の葉とその紅い実や、ヤドリギを窓辺につけた。
張り切ってしまい、森から伐り出してきたもみの木が大きすぎて、元より小さな室内の、彼らの居場所が狭くなってしまった。
けれども、子供は嬉しそうに、彼の用意したお菓子や小さな玩具を飾り付けた。
最後に一際大きな星をつける時には肩車をしてもらって、年相応の笑い声を立てたりもした。
それから毎日のように吊るす場所を変えては、どこがいいだろうかと彼に尋ねたものだった。

一年を良い子で過ごした子どもには、この日に生まれたという聖人が贈り物をくれるのだと、彼は暖炉の傍で子供に話して聞かせた。
そうして、それとなく何か欲しいものは無いのか聞き出そうとした。
けれども、子供には普通の子らと同じような過去はない。
昨年の降誕祭に聖人はボールをくれたから、次は積み木が欲しい…そんな小さな願いさえ存在しなかった。

何が欲しいのかいくら尋ねても、子供はただちいさく微笑むだけで——解らずじまいのまま、前日の朝を迎えてしまった。
贈り物は、夜の間に飾りつけたもみの木の根元に置いておくのが決まり。つまり今日の夜までには、子供が心の奥底では欲しがっているであろう、何かを用意しなくてはならなかった。

行ってくる、と子供の頬に口付けて、彼は極力いつもと同じように家を出た。
しかし、その内心は平静とは程遠い。夜明けまでに謎を解かねばならない、というのは御伽噺ではお決まりのこと。
けれどまさか自分がそれと同じ状況に追い込まれようとは、夢にも思っていなかった。

王城へ向かう途中、街の一番賑やかな通りを抜けていく。
両端に並んだマルクトには、この大陸でも屈指の大都市だけあってありとあらゆる品物が揃っていた。
蝋燭を燈すと天使たちがくるくると回る仕掛けや、紐を引くと手を挙げる兵隊の玩具。
ずらりと並んだ王様やお姫様、馬や魔法使いのマリオネット。
祝祭のこの季節、暖を取るのに欠かせない、グリューワインのためのスパイスの横には串に刺したお菓子とドライフルーツ。
オルゴールを売る店では箱の形をしたものの他に、人形が鏡の板の上で軽やかに踊るものや可愛らしく首を振るものも置かれていた。

彼にはこういった子どものための贈り物を買った経験が無い。
子供の年頃であれば、一体どんなものを喜ぶのか、皆目見当がつかなかった。
どうしたものか、と足を止めたその時——

それは、運命の出会いだったのか、魔が差したとでも言おうか。
ふかふかとした犬やうさぎ、猫といった人気の動物のぬいぐるみが並ぶ店の真ん中に。
どどん、と形容すべき…巨大なくまのぬいぐるみがいた。
年の割にまだ痩せっぽちの子供なら、両腕でやっと抱きかかえられるほどだろう。
茶色い、ふわふわの毛並み、太い手足につやつやの皮で出来た鼻。刺繍で描かれた口元も愛らしい。
そして何より、彼はそのつぶらな黒い瞳を見てしまった。
目が合った瞬間、ぬいぐるみ屋の魔法か、僕をおうちへつれてって、とでも聞こえたのか…ともかく一目でこのくまにしようと決めてしまったのだ。

城までの道々も、勿論執務室でもぬいぐるみは人の目を引いた。彼が座すべき椅子に乗せられた茶色いくま。
明日の朝、もみの樹の下に新しい友達を見つけたら喜んでくれるだろうか、どんな顔をするだろうかと想像を巡らせた。
子供の存在を知る同僚の一人に、男の子にぬいぐるみはないでしょう、しかもこのサイズ、どうせなら錫の騎士の一揃えにでも…と半眼に見られて少々へこまないでもなかった。
だが、自分からの贈り物は彼の手に馴染むよう鍛冶屋に特注した片手用の剣。
何れ立派な騎士に…それが叶わないまでも、一人で生きていけるだけの剣技を、と願って打ってもらったもの。
だから、せめて『聖者から』の贈り物は夢のあるものにしてやりたいと思ったのである。

昨日のうちに、料理の材料は揃えてある。
帰宅したら少し遅くはなるが、一緒に御馳走を作ろうと約束していた。
一人住まいになって以来、初めて誰かと迎える祝祭に彼の胸は弾んだ。
年の終わりのこと、次々と右側に積み上げられる報告書に目を通し、サインをし、印を押して、あるものは封筒に入れて封蝋をし、左側へ積む。
夕方、騎士交代の鐘が近づく頃には同僚が厳しく監視をしてくれたこともあって書類は全て彼の左手に移動していた。
やればできるのに何故普段からやっておかないのですか…そう彼をからかう同僚の声。
それは、交代の鐘、朝から詰めている彼らにとっては終業のそれではなく、非常を知らせるけたたましい鐘に掻き消された——


——彼は闇の中、頼りないカンテラの明かりひとつで愛馬を駆っていた。
城砦に入り込んだ魔物は彼ら騎士団にとっては低級な敵だったが数が尋常ではなかった。
更には商人や芸人、名高いコーネリアの祭を一目見ようと集まった旅行者たちといった、街の外から来た者たちが逃げ遅れ、一時は大きな混乱となったのだった。
それら全てが収束し、安全が確認されたのがつい先ほどのこと。
後の報告を夜詰めの騎士に頼み込むと、くまと共に家路に就いたのであった。

朝、今日はなるべく早くに帰る、と子供に告げれば瞳を輝かせて。
約束、と小指と小指を絡ませたことが脳裏に浮かぶ。
馬は拍車をかけずとも、彼の胸中を汲み取って早駆けてくれたが、家までの道程をこれほど遠くに感じたことは無かった。
漸く、ぽつんと小さな明かりが見えてくる。
愛馬を厩へ入れるのももどかしく、小脇にくまを抱えて扉を開いたが、あまりにも静かだった。
その時突然、先ほど魔物に襲撃された街の光景が脳裏に甦る。
逃げ惑う人々、怪我を負ってぐったりと壁に凭れている者。
まさか、という思いが芽生えると同時に、彼は子供の名を叫んでいた。

返事が無い。

繰り返し名を叫ぶ。
果たして。

子供は、飾り付けたもみの木の根元に蹲るような格好で、眠っていた。
こんな時間まで子供が起きてはいられないというところにまで考えが及ばなかった。
聞いていないとはわかっていても、すまん、と声に出して告げた。
見れば、もみの木に燈された蝋燭は全て小さくなって燃え尽きている。そろそろ帰って来る頃だろうと思って点けたのかもしれない。
炎の番をして、揺れる炎を見つめるうちに眠りに落ちてしまったのか。
もう一度すまん、と繰り返して彼は子供の隣に座る。
こて、と倒れこんできたのを片腕で支え。
そこでふと、もう片方の腕に抱えたままだったくまの存在を思い出した。
子供の腕に余るほどのそれを抱かせて、自分はくまと子供を抱きかかえる。
冷えた、子供の華奢な身体にぬくもりが移る頃、彼にも眠気が訪れた。


翌朝、彼が目を醒ますと先に起きてずっと待っていたのか、腕の中で子供が笑っていて。
聖人は自分が一番欲しかったものをもみの木の下に置いていってくれた…とその笑みを深くした。
彼は昨夜のことを謝り。
そうして二人は起き出して、用意してあった材料で朝食を作った。
王様でもきっとこんな豪華な朝ごはんではないだろうね、と子供はまた笑った。

…彼は、聖コーネリウスの夜に子供が望んでいたのは自分自身だった…などと知る由も無く。
子供がくまにつけたのが自分の名をもじったものであることにも気付かず。
欲しかったのはぬいぐるみだなんてまだまだ子どもだ、と笑って同僚に話したという。


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