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アークと云ふ男

その日も、騎士達が勤める王城内の詰め所からは、少しばかり音の外れた鼻歌が聞こえていた。
「ふーんふふふーんふーふふふふふふーん♪…」
団長と、隊長四人が共同で使っている休憩室のテーブルの上に皿を並べている小柄な人影。
「イチイ〜イチイ〜おやつっ、おやつまだか〜?」

…フードを後ろにはねて、寝癖で飛び出た髪を揺らしながら三時のおやつの支度をしている——彼こそは、誉れも高きコーネリア王国騎士団の四番隊を率いる男である。
ちょうどこの日は、三番隊に先日叙任式を終えたばかりの若い騎士が入団してきていた。彼は上官となるジュロと共に王城内を一通り見て回って詰め所へ戻り、四番隊隊長を目にすることとなったわけである——幸せそうにティーセットを並べる、威厳のカケラもなく、騎士の誉れである剣さえも帯びない姿を。
「…あの方が四番隊隊長のサー・アーク…ですか」
口調は丁寧ながら、どこか『担がれているのではなかろうか』という響きを持った声で尋ねられ、ジュロはまたか、という表情をしながら頷いた。
「——最初に言っておくが、奴と俺とは同い年で同期入団、ほぼ同じ頃、隊長になった」
「…なるほど、同い年ですか……え、えぇっ!?」
若い騎士は、自分より高い位置にある三番隊隊長の顔と、低い位置にある四番隊隊長の顔とを忙しく見比べる。
団長をも凌ぐ堂々たる体躯と騎士に相応しい誇りに満ちた立ち居振る舞い。
己が目指し、尊敬する騎士の中の騎士、ジュロ。
それと、今、一番隊隊長に早くおやつ、とせがむ男とが。
信じられない、と顔にはっきり書かれている。
「驚くのも無理はない…何しろあの童顔だ。入団した頃などよく従騎士と間違われて用事を言いつけられていた。今でもたまにある」
うっかりと四番隊隊長にまだ対面していなかった新人がその轍を踏んでしまったこともある、とジュロは色眼鏡を押し上げながら恐ろしげに呟いた。
「…それは確かに失礼なことではありますが…ですが…」
寧ろ笑い話であるのに、三番隊隊長の暗い表情の意味が解らず、その若い騎士が聞き返す。
「先に言っておこう。奴の見た目に騙されるな。——あれはまだ俺と奴が入団して間もない頃の話だ…」


その当時、コーネリアではちょっとした問題が起こっていた。
城から南に数キロのところにある、廃墟となった没落貴族の別荘に魔物が棲みついてしまったのである。
大きな街道からそう遠くなく、何度か旅人が襲われていた。
コーネリアの王は、すぐさま兵士を派遣し魔物を駆逐した後、建物を取り壊そうとしたが、思いの他魔物は手強く、兵士たちは撤退を余儀なくされた。
低級な魔物だったが数は多く、また何匹か知恵があり、魔法が使えるものも混ざっていたため、組織だって攻撃を仕掛けてきたということだった。
魔物退治に二度までも失敗したとあらば巨大国家コーネリアの威信に関わる——そう考えた王は、直属の騎士たちにその退治を命じたのであった。

四つの隊から剣を扱う者、素手でも戦える者…と討伐隊が構成され、四番隊からは数名、魔術を公使する者たちが加えられた。
その中に混ざっていたのが、小柄で猫背で、ひょこひょこと飛ぶように歩く落ち着きのない男が、後に四番隊の隊長に任ぜられるアークである。
時折隊列を離れては道端の草をむしったり、ポーチから取り出した菓子を頬張ったり。
襟首を掴まれて元の位置へ連れ戻されるが、三歩歩けば忘れるのだろうか。
菓子を没収された直後、また枝になった実を見て列を乱し、今度は頭を小突かれていた。
『何だ、あいつは…子どもの遠足か…?』
彼のいる隊からは少し離れた場所で列を組んでいたジュロであったが、並外れた長身だということもあり、その様はよく見えた。
そうして、いよいよ街道を離れる、という時になって、大部隊から幾つかの小さな部隊に隊を組みなおすこととなった。
そして——

「アークや。ほな、よろしゅうに、おたのもうします…やなっ」
長身で真っ直ぐに背筋を伸ばしたジュロからは、白いフードを被った頭しか見えなかったが、アークは目一杯顔を上げて人懐こい笑みを向け、きつい訛りのある言葉で話しかけてきた。
「俺はジュロだ、宜しく頼む——お前は、西の生まれか?」
「せや、メルモンドの出や。コーネリア王国騎士団に入ったら、王立図書館の魔術書が読み放題や、言われて入団してん」
——せやのに、毎日毎日乗馬だの武器の扱いだの、護衛だの謁見だの、挙句に魔物討伐なんて聞いてへん、さっさと終わらせてはよ帰りたいわ、大体わては魔術師で——
べらべらと聞かれてもいないことを矢継ぎ早に話す男に、ジュロは軽い頭痛を覚えたのだった。

二人が配された小隊には他に、二番隊に属する剣を扱う男が二人いた。
彼らは、代々騎士を輩出してきた、云わば名門の出の正統派で騎士団の中でも中堅の存在であった。
そんな彼らが専ら素手で戦うジュロと、見るからに運動神経が鈍そうなアークとを思わずじっと見てしまうのは致し方無いことである。
「すんませんけど、わて剣はからきしやし、魔物が出たら頼んます」
そうからからと笑って言う男に、彼らは目を見合わせた。
とんでもない新人を任された、と口に出さずとも顔に書いてある。
いくら魔術を主とする四番隊であっても、騎士団である以上、多少なり体術も習得しているものである。
だが、この呑気そうな男は全く武器戦闘に参加する気は無さそうだった。
だからジュロが、
「…若輩者ながら精一杯この任務を努めます。何卒御指導のほど宜しくお願い申し上げます」
と、丁寧にその長身を折り、作法に則った礼をした時にはほっとした表情を浮かべていた。

行軍は続いた。
規則正しい革靴の足音に混じり、ぺったぺったとどこか間の抜けた布靴の音が混ざる。
夜を迎えるまでにローブに隠し持った菓子を食べて叱られること4回、余所見をして前の男にぶつかること3回、草やら花を摘もうとし、列を離れ襟首を掴まれるのは数え切れず——その度、何故かジュロが年長の騎士二人に頭を下げて平謝りするのであった。

そうして野営中、幾つかのテントが魔物の襲撃を受けた。
何処かで歩哨をさせてでもいたのだろうか、彼らは徒党を組んでいる。
そこまでの知恵はなかろうと、油断しきっていた騎士団は浮き足立った。
ジュロとアークが寝ていたテントにも人狼のような魔物が襲いかかってくる。
気を張って、熟睡していたわけではないジュロはすぐさま寝袋から抜け出て応戦した。
——しかしアークは全く戦う体勢ではない。
いや、それどころかはなちょうちんを出しかねない様子で、睡眠街道を独走していたのだ。
「起きろ、敵襲だ!」
そう叫び、ジュロが蹴りをひとつ入れれば、
「…ごはん?」
などと寝惚けた声を上げたものである。
明らかに戦闘能力の低そうな男を、人狼の野生の目は見逃さない。
今だ寝袋から抜け出しもしていない魔導師は格好の餌食である。
ちっ、と長身の男は舌打ちをした。
そうして、後でお互い無事であれば、最低一時間は説教をしてやろうと心に決めた。
寝袋ごと仲間を肩に担ぎ、人狼が振り降ろす爪から庇う。
「ちょっ…なんやいきなり!人を小麦袋みたいに!」
ぎゃいぎゃいと大騒ぎして暴れる男は見た目よりも重たく感じる。
いや、実際に重いのかもしれない。
「黙って、下がっていろ!」
低い声で言い、自分の後ろへ煩い荷物を落とせば、流石に漸く目が開き、状況を把握したらしい。
呆れたことに、
「ほな、そうさせてもらうわ〜」
と、寝袋から出ようとさえせず、ジュロの陰に隠れてしまった。
その上、人狼の腹に蹴りを入れ、その拳で顎を砕き、息の根を止めるまでやんやの喝采である。
これには、見目の威圧感に反して心根は優しい男もぷつん、とくるものがあったらしい。
テントの外でも魔物の夜襲が終結していることを確認するや、寝袋の恐らく胸あたりと思われる場所をむんずと掴み、引き起こす。
「アーク、お前——」
そこまで言いかけて、寝袋から不意に伸びた手で顔の下半分を鷲掴みにされ、口を塞がれた。
ふざけるのも大概にしろ、とその手を払おうとする。
しかし、どんな寝方をしたらこんな癖がつくのかと言いたくなるような前髪から覗く、黒い目は全く笑っていなかった。
「ポイゾナ」
顔を掴んだ手から、光が溢れる。触れられるまで戦いと憤りで感じていなかったが、ちくちくと軽く刺すような感覚があった箇所から痛みが消えていった。
「何…?」
「ウェアウルフには毒があるねんよ?ほっといたら、顔が腐るかもしれへん」
——そうなったらコーネリアジュロ様ファンクラブの女の子達がわんわん泣くかもしれへんなぁ、よっ、この色男にくいにくいこのぅ!ほんで、ほんまのとこ彼女おるん?いるんやろー包み隠さず話してみぃ?いや!絶対喋らへん、喋らへんて!これでもわて口は堅いねんで——
『口が堅いなんて、聖コーネリウスにかけて、絶対嘘だ…!!』
拳を握り締めながらジュロはそう思ったが、この男を説教してやろうという気はいつの間にか消え失せていた。
「あ、今のポイゾナは特別に初回無料にしといたるし」
「金取るんかお前ーーーー!?」
「当たり前やんか、魔術の研究にはおぜぜがかかるねんで、おぜぜが」
——ちなみにポイゾナは一回150ギル、ケアルなら一回100ギル、ケアルア一回1000ギル、ケアルダは一回10000ギル、その他状態異常も応相談やし——
『悪魔だ…白魔術師なんて嘘くさすぎる…こいつは…白い悪魔だ…』
童顔を無邪気に綻ばせる守銭奴に、男は発する言葉を失った。


「な、仲間の騎士から回復魔法の代金を取ると言うのですか!?」
「ああ。覚えておけよ。お前も、まっとうな生活ができるほどの給金くらいは欲しいと思うのなら、早く強くなれ。怪我をしないことだ」
そう語る三番隊隊長の表情に、まるでふざけた様子はない。
「そして、アークには絶対逆らうな。奴が恐ろしいのは金のことだけじゃないぞ…」
騎士は、目の前の男が眼鏡の下でふっ、と遠い目をしたのを感じた。
そうして話の続きを待った…


幸いにも、襲撃はごく突発的なもので、数人が軽傷を負ったに留まった。
しかし、この討伐隊の総部隊長は事態を重く見て、翌日には掃討戦に入るつもりだったが計画を変更した。
きちんと偵察隊を出し、数を把握し、作戦を組んだ上でかかろうと言うのである。
待機を命じられ、ジュロはひたすら耐えていた。
——待機なんてめんどくさい、わてらいつになったらコーネリアに帰れんのん?こんな薄っぺらな寝袋一枚でねんこせぇ言われて寝られるかっちゅーねん、なぁ?干し肉も堅焼きパンも美味しないし、あっ、せや、ジュロ、わてらだけちょっと抜け出してどっか街道筋の酒場でも行かへん?だいじょぶやって、朝までにちゃーんと帰って来て寝袋に包まっといたら——
と、不埒な計画を周辺の騎士にまでだだ漏れの声で喋る、煩い白魔術師にである。
「ちょっと静かに喋れ。呑みたいなら葡萄酒があるだろう」
こういった行軍の際、水場が確保できない場合も考えて飲み物として幾らかの酒は与えられている。
もしかしたらこの食い意地の張った男は、自分の支給分を全て呑み尽くしたのかもしれない。
が、その返事は意外なものであった。
「あ、いや…酒場に行きたいっちゅうたんは、別に呑みたいんちゃうねん、あったかぁい美味しいもんが食べたいねんよ」
「なんだ、呑まんのか?」
「呑みたいんやったら、特別に売ったる」
ここで『やる』とは言わず『売る』というあたりは流石だが、普段の意地汚さから見て葡萄酒を人に譲ろうとするのは余程のことであろう。
そして芽生える好奇心。
「呑んだら…どうなるんだ?二日酔いか?」
「いや…覚えてへんねん、酔ってる間のこと…」
それを聞いてジュロは、きっと呑んだらすぐに寝こけてしまうのだろうと思った。
そうなってくれれば、今日の夜は落ち着いて睡眠が取れるかもしれない、と希望が芽生える。
「じゃあ、どうなるか俺が見ててやるから、ちょっとだけ呑んでみろよ」
「えー…」
「別に嫌いってわけじゃないんだろう?」
「んー…まぁ…」
と、返事を渋る魔術師のカップに、呑め呑めと皮袋に詰めたワインを注ぐ——

そして伝説が生まれた。
斥候が持ち帰った情報を元に作戦を組み、翌日になって戦陣を組み魔物の棲み処へと向かったコーネリア騎士団が見たものは、星でも落ちたのかと目を疑うような、黒く焦げた跡。
古い屋敷などどこにも無く、焼け跡からは今だ白い煙が燻り、立ち上っていたのである。
当分はぺんぺん草も生えないであろうという惨状であった。


「そ、それって…」
「——当時はひた隠しにしたものだが、今は公然の秘密…というやつだ」

カップに半分ほどの葡萄酒を呑んだアークは笑い出し、泣き出し、そして何故こんなところで野営をさせられているのかとジュロに絡んだのである。
笑い上戸で泣き上戸、そして絡み酒という最悪の男であった。
生真面目な三番隊隊長は、酔った仲間のため懇切丁寧に、今回の作戦のことを話して聞かせてやったのである。
それを聞き終わるや否や、
「つまり、その魔物のせいでわては、こんなとこでトゥルトゥルのあんちゃんとねんこしてるんやな…!」
と怒り出し、そのコンパスで何故、というようなスピードで野営地から駆け去ったのである。
必死で追いかけたジュロが見たものは、まさに地獄絵図。
毒々しい色の霧が魔物たちを包み込み、間髪入れずに巨大な火柱が毒を耐え切った者たちを焼き尽くす。
振り向きざまに発せられる雷、よろめく彼らの足元が大きく割れ、地面へと飲み込まれていく。
背中を見せて逃げる者は容赦なく氷の槍で貫かれた。
そしてその真ん中には、高笑いをしながら高位の『黒魔法』を立て続けに唱える、あの寝袋寝癖男の姿があった——


「…その後、奴はばったり倒れてな…俺が野営地に連れ帰って、朝までに寝袋に詰め込んでおいたんだが、本気でまるっきり覚えていないらしい」
「…………」
「と、言うわけだからお前も奴を怒らせるな、そして酒は呑ませるな。——先日話したトウキのことをを除けば、ここでの注意事項は大体そんなところだ」
そう言い置けば、しつこく一番隊隊長であるイチイに言い募ってせしめたナッツ入りのケーキを手に、満面の笑顔で噂の主が歩み寄って来た。
「なぁなぁ、何の話しててん?」

——なんでもありません、と新人騎士は裏返った声で言い、ビシッと直立不動したという。


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